自立支援の農場を開く


小児がん経験者の就労問題というテーマに関心を持ったのは、小児がんの支援活動を始めて、25年ほど経った頃のこと。1人の青年との出会いがきっかけだった。

小児がんは昔でこそ、「不治の病」と言われていたものの、現在では7割以上が治ると言われる。ただ、がんを乗り越えた後に、二次がんや免疫不全、骨密度の低下、低身長や痩せ・肥満、ホルモン分泌障害、不妊など、強い治療を受けた影響で晩期合併症が起こることも多い。

高橋さんが出会ったその青年は、まさに晩期合併症を抱える小児がん経験者だった。幼少期に白血病にかかり、18歳で再発。父親の末梢血幹細胞を移植して寛解(症状が安定した状態)に至ったものの、薬や放射線、手術などの影響で、骨粗しょう症や痩せなどの晩期合併症が残り、疲れやすく、仕事に就いても最長でも3週間となかなか続かず、引きこもりがちの生活を送っていた。

そんな彼を、2006年から続けている「小児がん関係者達の日韓国際交流」に出席するためソウルに連れて行った。はじめのうちこそ不安そうにしていたが、参加メンバーからレポートを回収する役を任せたところ、次第に表情が明るく変わり、内面にも少しずつ変化が起きていった。

「家の中だけだった世界が広がったのでしょうね。帰国したら『車の免許が取りたい』と言い、免許を取ったら、今度は教習所で出会った友達と食事に行くためにお金が必要になって『仕事をしたい』という気持ちが高まっていったようです」

とはいっても、小児がんの晩期合併症というハンデを抱えながらも働ける場所は、容易には見つからない。

「障がい者の自立支援施設は整っていますよね。そうした施設を覗くと、みんな生き生きと働いているんです。ところが、小児がんという大変な病気をした人たちのための公的な就労支援サービスは何もなく、仕事をしたくでもできない人がたくさんいます」

自立支援の農場を開く

公的なサービスがないのなら、つくるしかない。「なんとかしたい」という一心で高橋さんが始めたのが、小児がん経験者のための自立支援農場「スマイルファーム」だ。ここでは今、前述の青年も含め、2人の小児がん経験者が働いている。
体力に自信がない彼は、コミュニケーション能力を活かして営業やパンフレット制作を。コミュニケーションが苦手なもう1人は率先して畑仕事を行い、時には、獲れた野菜を使って得意な料理でもてなしてくれるという。「お互いにできないことを補い合っていて、精神的にも支え合っているようです」と高橋さん。

現在、スマイルファームでは四季を通して40種類もの野菜をつくっている。「健康な野菜作りは、健康な土作りから」と、土にこだわった野菜は、道の駅などで売られている。

「何より、『自分で撒いた種が育って、収穫するのが楽しい』と辛そうな顔を一つも見せずに、寒い日も暑い日も朝から畑に出ている二人を見ると、私の方が感動しちゃいますね。今は、『野菜ソムリエになりたい』という夢も出てきたみたいです」