患者と家族の"通訳"
患者さんから話を聞いた上で、木下さんがめざすのは、「患者さんのつらさを軽減し、希望に添った療養場所を提供できるようにする」こと。そのためには、潜在化している患者さんの真の想いを引き出してあげなければいけない。
言葉にすることが、必ずしもその人の本当の想いとは限らない。たとえば、最初は、「家に戻りたい」とは一言も言っていなかった男性の患者さんが、「よくよく話を聞いてみると、『家に帰りたい』と考えていた場合もありました」。
彼は、状態もあまり良くなく、家で待つ妻のことを思うと、"言えなかった"のだ。
「確かにちょっと大変な状態だったのですが、患者さんと相談をして、『すまないけれど、連れて帰ってくれないか?』ってご家族に一言言ってみましょうよって、話したんです。その患者さんは偉くて、ちゃんと奥さんに伝えたんですね。最初は『連れて帰るのは心配』と思っていた奥さんも、その言葉を聞いて決心して、最期は家で亡くなりました」
家族のことを思うと、本音を言えないという患者さんは少なくない。その一方で、本音を後から知った家族が、「私たちのせいで、我慢させてしまった」と後悔することもある。
「『あのとき言ってくれればよかったのに』という言葉を耳にすることがあります。でも、『あのとき』には戻れないんです。それはお互いにとってつらいもの。医療者だって、つらいんです」
そうしたボタンの掛け違えをなくすために、「患者さんとご家族の"通訳"になることも私たちの役割だと思っています」。
もう一つ、患者さんの本当の想いを引き出すために心がけているのが、できるだけ「正しい情報を伝える」こと。患者さんの選択は、医療者からの情報提供如何で変わるからだ。たとえば、入院中の患者さんに、「入院を続けますか?家に帰りますか?」と聞いて、「入院したい」と言われたとしても、それが本当の選択とは限らない。もしもそれが最後の退院のチャンスと知れば、選ぶ答えは変わるかもしれない。
「正しい情報がないところに、正しい選択はないんです」